職人の仕事場を訪ねる旅

A journey to meet craftsmen

  • JUNE 14, 2017
  • INTERVIEW
  • 砥取家 土橋 要造

モノづくりの結び手「近藤芳彦」が導く未来を創る職人との出会い、そして価値ある体験への誘い

近藤芳彦が、自身選りすぐりの職人5名を訪れ、対談をしながら「お客さんに喜ばれる体験」について考えるシリーズ。多くのお客さんと職人の橋渡しをしてきた近藤と、伝統技術を継承しながら未来を切り拓く彼らが考える「業界事情」「今後残したいもの」「発展させたいもの」とは?

砥取家土橋 要造さんYozo Tsuchihashi

〈写真右〉明治10年創業で、130年近い歴史を持つ天然砥石の老舗「砥取屋」の4代目に生まれる。大学を卒業後、印刷関連の会社に就職。4年間勤務したあと、26歳で自ら会社を起こし家業を継ぐ。以来、砥石一筋。65歳を過ぎた今でも険しい道を登り、採掘現場に入って天然砥石の採掘にあたる。天然砥石の採掘から加工、販売までを行なう職人は、全国でも土橋氏だけともいわれる。元気の秘訣は、10代から打ち込んだ硬式野球。南丹高校、京都学園大学の公式野球部監督を務めたこともある。

株式会社京都結 代表取締役近藤 芳彦さんYoshihiko Kondo

〈写真左〉1972年、京都生まれ。八坂神社・北野天満宮狛犬の銅像製作などを行った彫刻家の石本暁海を曾祖父、官僚を経て寺院の住職となった祖父、表具師として掛け軸や屏風などの仕立てを行った父を持ち、2006年、個人・法人を対象に京都旅行を企画するトラベル京都を設立。2016年、観光イベント・ツアーの企画・開発及び京都府内の観光コンテンツ企画・開発、デザイン制作、コンシェルジュ業務、コーディネート業務を行う株式会社京都結を設立。府の職員として長期間地域に定着する非常勤職員として和束町でも活躍。

京都府亀岡市は、砥石の“聖地”といわれます。ここで採れる天然の仕上砥石は、粒子がキメ細かく、最高級とされ、世界でも亀岡でしか採れないからです。そんな天然砥石の採掘から加工、販売までを手がけるのが、今では数少なくなった砥石職人の土橋要造氏。古めかしいイメージとは裏腹の、砥石の奥深い世界を案内してもらいました。

海外40カ国以上から届くオーダー。
世界中で採れるのは亀岡だけ。2億5000万年の時が育んだ奇跡の石。

近藤刃物の切れ味が落ちたときに使う砥石といえば、私たちはどうしても人工のものをイメージしてしまうのですが?

土橋鉋(かんな)やのみを使う大工さんをはじめ、包丁を使う料理人さん、日本刀を研き上げる研師さんなど、仕事で刃物を使うプロの職人さんたちの間では、いまでも天然砥石が愛用されています。砥石には、粒子の大きさによって「荒砥(荒砥)」「中砥(中砥)」「仕上げ砥(しあげと)」という3つの種類があって、天然の荒砥と中砥は北海道を除く各県で採掘されますが、中砥と仕上げ砥の両方を産出できるのは世界広しといえども亀岡だけです。特に亀岡産の天然仕上げ砥は砥石の中でも最高級品とされ、同じ品質のものは世界中どこを探しても見当たりません。

近藤それで日本中から注文が集まるというわけですね。

土橋日本だけではありません。私どものところには、世界的にも希少な天然砥石を買いに求めて、世界中からお客様がお見えになります。つい最近もモンゴルからお客様が来られていましたし、アメリカの船大工さんも『どうしても亀岡の仕上げ砥がほしい』といって買いに来られました。またオーダーは、ネットを通じて世界中から届きます。イタリアのバイオリンづくりの職人さん、ポルトガルのギター職人さん、フランス料理のシェフなど、お客様も多種多様。出荷している国の数は、40カ国を下らないでしょう。大手ネット通販の天然砥石部門では、ここ数年ずっとトップを走り続けていますし、アクセス数は100万件を超えました。

近藤世界でも最高級とされる天年砥石が、資源小国といわれる日本、それも京都亀岡にある東西4キロ、南北2キロの限られた地区でしか採れないのは、なぜでしょう。

土橋亀岡産の天然砥石の原石は、今から2億5000万年前にハワイの深海底で1000年に1mmという気の遠くなるような時間をかけて火山灰や粘土が堆積してできたもので、それがフィリピンプレートに乗って1年にcmずつ日本列島に近づいて地殻変動や造山活動によって隆起し、地上付近に現れるようになったと考えられています。世界中でただ一カ所、亀岡でしか採掘できない天然砥石は、まさに大自然の奇跡の産物なのです。

▲先代、先々代から受け継がれた天然砥石。色の違いは石の成分や目の粗さ、わずかに含まれる鉄や硫黄によるといわれ、それぞれに相性のいい刃物がある。
▲採掘現場で、地肌の色の違いを参考に、天然砥石として使えそうなものを採掘。どのお客様のどの刃物と相性がいいかを、瞬時に見極めることができる。

天然砥石で研ぐと、味まで変わる。
日本の生活文化をかげで支える天然砥石のスゴい実力。

近藤亀岡で採れた天然砥石で刃物を研ぐと、切れ味がそれほど違うものなのですか?

土橋例えば天然仕上げ砥で研いだ刺身包丁で魚をさばくと、繊維質を傷つけずにスパッと切れるので、お刺身をそれだけ美味しく食べられます。また鉋を天然仕上げ砥で研ぐと、木材をむこう側が透けて見えるほど薄く、キレイに削り出すことができるので、日本建築の美しさがいっそう際立ちます。

近藤日本刀の場合は、どうですか?

土橋日本刀を研ぐ時に、「内曇(うちぐもり)」と呼ばれる専用の天然砥石が使われます。日本刀独特の波打つような刃紋は、内曇で研がなければ、つくり出すことができません。人造砥石を使うとキメが荒いので刃紋が消えてしまって、日本刀としての価値を半減させてしまうのです。日本では、200人を超える日本刀の研師が活躍されていますが、人間国宝や師匠クラスの方たちは、多くの方が亀岡産の天然砥石を使って仕事をされています。

近藤和食から日本建築、日本刀にいたるまで、私たちの知らないところで天然砥石は、日本の文化を支えているんですね。

土橋その通りです。職人さんの中には、一人で10種、20種、場合によっては100種類もの天然砥石をズラリ取り揃え、「この鉋には、この砥石」「この包丁には、この仕上げ砥」というふうに、用途によって使い分けている方もおられます。『ここ一番という大事な仕事をする時は、必ず亀岡産の天然砥石を使う』という方も、めずらしくありません。

近藤ぜひ一度、天然仕上げ砥で研いだ和包丁で捌いたお刺身が食べてみたくなりました(笑)。

土橋日本が世界に誇る和包丁や鉋、日本刀ができたのも、亀岡の天然砥石があったからこそです。言い換えれば、外国に日本刀のような美しい刀剣が生まれなかったのは、亀岡の天然砥石がなかったからともいえるでしょう。決して表舞台で脚光を浴びるようなことのない黒子の存在の天然砥石ですが、実は“主人公”の仕事をいっそう引き立てる重要な役割を果たしているのです。

▲ 採掘した原石を使いやすい大きさにカットし、いくつか処理を加えたあと、試し研ぎで製品に仕上げる。

これから始める次のチャレンジ。
天然砥石の素晴らしい世界を、多くの人に知ってもらうために。

近藤砥石全体の中で、天然砥石が占める割合は、今どのくらいですか?

土橋おそらく1%にも満たないでしょう。かつて大工さんや板前さんたちは、みんな天然砥石を使って自分の道具を研いていましたが、人造砥石ができると、たちまち需要は減少しました。

近藤職人さんの数も、めっきり少なくなったとうかがっています。

土橋この周辺地域には、かつて何百という数の採掘鉱があって、大勢の職人が仕事をしていましたが、今ではおそらく私だけ。採掘現場に直接足を踏み入れ、地肌の色の違いなどからどんな刃物と相性がいいかなど、目利きしながら天然砥石を採掘し、加工までを行なう本来の砥石職人は、全国的にもほとんど例がないと思います。

近藤そんな天然砥石の未来に、どんな展望を描かれていますか?

土橋実はかくいう私も、今から13年ほど前、売上げの低下に歯止めがかからず、一次は廃業を考えたこともありました。現状を打ち破ることができたのは、ネット通販でお客様に直接販売を始めたことがキッカケです。直販を始めると、多くの方から様々な意見やメッセージをいただきました。中には『天然砥石なんて、もうなくなったとばかり思っていた』と喜んでくださるお客様や、『40年近く大工をやっているが、もっと早く亀岡の天然砥石と出会いたかった』といってくださる方もいました。そんなお客様の生の声に触れる中で、まだまだ多くの方に天然砥石の素晴らしい世界が知られていないのだとあらためて実感しました。

近藤そう思います。多くの方は事実を知らないだけで、砥石が実は日常生活と密接に関わり、とても大きな働きをしていることを知れば、きっと興味を持ってくれて、一度買ってみようかなと思うはずです。

土橋だとすれば、それを天然砥石の魅力と実力をもっと多くの方に知ってもらいたいし、「亀岡の天然砥石でなければ、仕事にならない」というお客様がいる以上、良質の天然砥石を探し出し、後世に残していく仕事を、これからも続けていきたいと思っています。幸い、息子たちも家業を継ぐ意志を固めてくれた様子です。一緒に知恵を出し合いながら、天然砥石が表舞台でスポットライトを浴びるようなものに変えていく新たな取り組みを、これから始めたいと思っています。

▲ 0年前から掘り進めてきた採掘鉱を調査。場所によって性質が微妙に異なる多種多様な天然砥石が採れる。まさに自然がつくり出した奇跡。

「天然砥石館」で体験イベント開催。
スーパーや日本料理店にもアピール。亀岡を天然砥石の世界の聖地に。

近藤具体的に、どのような取り組みを始めようとお考えですか?

土橋観光客の方を対象に、天然砥石を使った研ぎを実際に体験していただくイベントを何度か開催している他、2017年4月には日本有数の天然砥石の産地である亀岡をアピールしようと、「天然砥石館」がオープンします。そこでも刃物の研ぎ方を指導したり、天然砥石を使って研いだ刃物でつくった日本料理のおいしさを知っていただくイベントなどを開く予定です。

近藤それは面白そうですね。

土橋「天然砥石館」には、世界的にも貴重な私の砥石コレクションも陳列されることになっていて、全国はおろか、世界中から観光客の方や天然砥石ファンに来ていただけたらと思っています。イベントも当初は十数名から始めて、いずれは年間100組以上の観光客に来ていただける規模にまで拡大していきたいと思っています。

近藤私たちにできることがあれば、喜んで協力させていただきます。

土橋あとスーパーや日本料理店にも、天然砥石の有用性をもっと広くアピールしていきたいと思っています。

近藤これまでなかった新たなチャレンジですね。

土橋例えばスーパーでマグロの赤身をさばく時、包丁を天然砥石で研ぐだけで割烹や寿司店レベルまでたちまち美味しさをアップすることができます。あるいは日本料理店の中には、包丁の研ぎに対して余りに無頓着なところがいっぱいあって、そうしたお店に研ぎ石にちょっとこだわるだけで、1ランクも、2ランクもおいしい料理を提供することができるという事実をぜひとも知ってもらいたい。そのためにどんな方法があるかを、これからじっくり考えたいと思っています。

近藤それは、ぜひやりましょう!京都の料理店で食べ比べてみたいくらいですね。本日は、どうもありがとうございました。

「天然砥石採掘・販売 砥取家(ととりや)」を尋ねる体験の旅はただいま準備中です。
「砥取家」の体験については公式サイトをご確認下さい。